はじめまして。

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最近さまざまな場面で、コミュニケーションの難しさを耳にします。それだけ人とのかかわり方を、自然に身につけることが難しくなっているのでしょうか。
コミュニケーションとは、情報、意思の伝達という意味ですが、それはお互いに相手の話しを聴くことからスタートします。それは家族や友達との関係に限らず、職場内やその他あらゆる場面での対人関係において共通することです。
「聴く」は、中国の古い文字では耳を突き出して、心を一つにして、相手の伝える言語、非言語のメッセージを理解することを意味しています。そう言われてみるとなるほどと思いますが、あらためて語源から自らのコミュニケーション力を振り返るこの頃です。

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コメント(5)

最近、「切れる」というのが大人も子供も流行していて、切れること自体が市民権を得るような感じさへあって非常に危惧しているのですが、石井さんのおっしゃるコミュニケーションの両極端に反対側にある状態が、切れる、ということかなあと思っています。

 でも、よく考えると、相手が自分の言うことを聞いてくれないから、そういう状態に落ち込んでしまうだけのように思うこともあります。じゃ、相手が悪いの?

 実際には、おっしゃるように「非言語」のメッセージって、大切なんでしょうね。
 話は少し違いますが、食べ物の印象を左右する「味覚」では、舌からくる情報は、6割以内という話を聞いたことがあります。
 真偽の程は信じられない次第ですが、人間は五感をフルに活用してコミュニケーションをとっている、というくらいに考えればよいかなあと思っています。

石井 孝子 :

「味覚」では、舌からくる情報が6割以内とすると、他には香り、見た目などの情報で料理の印象が左右されるのでしょうか。確かに想像してみると、目隠しと鼻に栓をしての食事では、どんなに最高級の料理でも美味しいと思えないかも知れませんね。

 コミュニケーションも同じようなことが言えるようです。アメリカの心理学者アルバート・メラビアンはコミュニケーションに影響を与えるものとして、視覚情報(顔の表情)55%、聴覚情報(声の調子)38%、言語情報(単語)7%を導き出しました。このことは、コミュニケーションは相手の表情や声の調子、言い方に大きく左右されるのではないかということです。

 日常生活を振り返ってみて、いかがでしょうか。例えば、相手の本音が表情や声の調子、言い方に出ていると感じることはないでしょうか。もしそれが言葉の内容と一致しないとき、腑に落ちない感覚が残ると思います。

 このように見てくると、コミュニケーションは五感をフルに使っているとは言えないまでも、視角、聴覚、身体感覚は使っていると言えるかも知れませんね。

 コミュニケーションは、五感をフルに使っているとは言えないまでも、視覚聴覚身体感覚は使っているという、当たり前といえばあたりまえのお話を拝見して、はて、さて、そうすると、電話ではどうなっているのだろう、面と向かって言えない事であっても、電話なら伝えられる、と言う話を思い出しました。

 もっと顕著なものは、メールです。
 「メールって、切手幾ら貼って出せばいいの?」と真剣に聞かれたことがありましたが、今はメール無しでは交流は成立ちません。
 五感はほとんど使い物にならないこのメディアが、ここまで広まった理由は何なんでしょうか。
 敢えて五感を封印する方が通じるコミュニケーションって、良く考えると不思議です。
 
 喧嘩をしたご夫婦が、狭いアパートの小さなこたつで向かい合って座っていて、互いに視線を決して合わせないように注意しながら、すぐ30センチ向かいに顔がある相手に向かって、携帯でメールを打ち、
「風呂?ご飯?」
「いや、もう寝る」
みたいな会話を交わし、15分くらい経ってから、
「今日は言いすぎた。ごめん」
迄、含めて、携帯メールで話をするのだそうで。
 五感を使わない方が良く伝わることって、あるのかもしれませんね。(笑)

石井 孝子 :

中村さま、お久しぶりです。
確かに、メールがコミュニケーションの媒介としての役割は大きくなっていますね。
面と向かって言えないこともメールや電話なら伝えられることもあるでしょう。

メールでのコミュニケーションも、明らかにその文章から、その方の話し声が聞こえてくるくらいによく知っている相手なら微妙なニュアンスも間違いなく伝わると思います。しかし、私は時々文章から内容だけでなく、書き手の気持ちや感情を読み取ろうとしていることに気づきます。
そして、それは私だけではないかも知れません。なぜならば、文章の終わりに(笑)とか顔の表情を描いて文章をよく見ますが、それは文章を補って気持ちを伝えようとしているからではないでしょうか。
それを見ると、受け手も安心しますよね。私はそんな風に思っています。

石井 孝子様、お久しぶりです。

 石井様のプロフィールの中に、「家族心理士、学校心理士」という言葉があります。
 普通の臨床心理士とは形態が当然違ってくるのだろうとは私でも想像できるのですが、これらはどういうお仕事なのでしょうか。
 小学校の校内いじめに起因する痛ましい自殺事件などで、心理士・カウンセラーの活躍が期待され、また高い効果を上げていることが報道されています。
 このようなお仕事をされていく上で、他と異なると感じられることや、参考となるようなエピソードなりありましたら、支障のない範囲でブログ投稿お願いできますでしょうか。
 また、最近よく思う事は、いじめは、ずっと昔からもあったと思うのです。なぜ最近は自殺といった痛ましい方向に向かってしまうのでしょうか。
 いじめは、大人社会を見て子どもがまねをするのだ、とおっしゃった方がいらっしゃいました。その発想は私には無かったのですが、そんなことを感じられることはありますでしょうか?
 楽しみにしております。

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石井 孝子
プロフィール
臨床心理士、家族心理士、学校心理士として、教育、子育て支援分野でのカウンセラーおよびコミュニケーション スキルのトレーナー経験豊富。

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